勉強と仕事と生きること

目標目指して

 

子供たちは学校で勉強する期間を終えると、社会人としてご両親から大人へと巣立って行きます。どの年齢で社会へと出て行くかは人それぞれですが、社会へ出てからは、学校へ通い勉強していた時間より遥かに長い年月を社会人として人間は生きて行く事になります。

社会へ出てどのような仕事をして行くのか。その進路や方向の選択に子供たちは迷ったり不安に思ったりしながらも同時に希望を持ちつつ、それぞれが自分の適性や将来を思い描く方向を探りながら社会へ巣立って行くのだと思います。

 

新潟県で家庭教師の仕事を通じて数え切れない子供たちに会い、1人1人の子供たちの勉強への意識を知りたいと、その都度「勉強は何故するのだと思っている?」と子供たちに問い掛けて来ましたが、「将来のため。」「進学のため。」「就職のため。」と答える子供たちがほとんどです。子供たちへの問い掛けの答えは、勉強する目的は「社会へ出る準備として。」と感じている事が多い様に思います。「社会へ出てから必要な力だから。」と言うような解答を得た経験が私にはほとんどないのです。

子供たちに問い掛けて来た経験から、「勉強する事は大人になり社会へ出てからその力を活かしたり使って人生を切り開く事が出来る。」ことを子供たちは感じていないように感じています。

子供たちは進学や就職時に、「知識」が問われ高校や大学進学の合否や社会人になる際の会社への採用の結果に繋がると「学歴社会」を見ている節があるのです。

「いい成績を取れば良い進学先がある。」「勉強して成績が上がれば良い就職に繋がる。」そうした感覚です。その感覚は確かにそう言う社会の側面がありますし、社会のスタートが子供たちの感じているような社会への入口が待っている事は、確かにその通りなのですが、勉強していて社会へ出てから子供時代に培って来た「学力」が活躍の場を得て「活かす」事になると言う実感がないところや、その事を話す大人が少ないところに、子供たちが「学力」をつける事に対して受け身になってしまっているように思いますし、この感覚は、ともすれば、勉強への「やる気」や意欲」を失わせてしまう理由になっているように思います。

教室風景、机

「学力」は社会の入口のために必要なのではありません。「学力」はその後の人生を切り開く上で、非常に有効なアイテムです。「学ぶ力」を使って「学び」、人生は自分次第で自分の思い描く方向へ近づいて行く事が出来ます。

「仕事」をする事は「知識」だけでは「結果」には繋がりません。「知識」を活かして「結果」を想定し、準備をしたり訓練しつつ、その都度起きる「問題を解決」し、成功や失敗から「学び」ながら「仕事力」を得てこそ活躍の場が広がります。勉強して得る「正しい力」は生涯に渡って自分を助ける大切なアイテムです。

 

ある番組で「林先生」が「数学と国語は社会へ出て最も使われる教科で、数学と国語は絶対に必要と思って勉強した。」(詳しいお話は忘れたので話の趣旨です。もしかすると、少し先生の話とずれがあるかもしれませんが、何分記憶の中の事なのでお許し下さい。)とお話しされていました。

先生は、まず第一に必要な力は「数学」。(私は林先生とは違って第一に「国語」ですが。)

「数学は生きて行く時、仕事をする時に問題解決に向かって思考し行動を選択する上で最も重要な力」

次に「国語」

「国語は未来を想像して思い描く事で、行き先を見つけ出すために必要な力。」

こんな内容のお話だったと思います。このお話を聞いて「全くその通りだ。」と私は思いましたが、同時に、こうした話を本心から(先生の授業では、恐らくもっと踏み込んで具体的にこうした話をしているのだと思います。)する先生だから子供たちは「林先生の授業を受けたい。」と思い、そして、話を聞いて勉強に本気で取り組むのだろうと感じましたが、子供たちには、こうした勉強に対して本気の大人の価値観を感じさせる大人の取り組みがもっとあって良いように思います。

 

私も、「数学」や「国語」の学力は、生涯必要な力だと思います。そして、その力を獲得して行く際のプロセスや取り組みの経験も、大人になり社会で活かせる「結果」を得るためのプロセスの手本を学べ、勉強する事から得る力は、子供たちそれぞれの未来を輝かせるために大きな武器となって行く力なのです。

 

今の日本は少子高齢化が進み、そこから起きる日本の財源の問題や年金問題や産業の縮小の懸念、同時に格差の増大など、子供たちは未来を明るく感じにくく、希望を持ち育てて行くためには、とても閉塞感が強い社会になってしまっている気がします。けれども、その時代時代を生きる人々によって、その先の未来を変える事や希望を広げる事が出来るはずです。ですからこそ、大人たちそれぞれが、「学ぶ」ことの意味や大切さを真剣に考えて、本気になって子供たちに話すことが求められているように思います。

 

 

新潟県で家庭教師の仕事をして27年目になります。少し面倒くさい話をしてしまいましたが、家庭教師と学ぶことは素晴らしい勉強です。家庭教師たちに今日話したような話をする機会がありますが、教師それぞれが、私と同じような考えをしていたり、また、自分なりの勉強への価値観を持っています。そうした話をする事は、信頼関係を築いて行く1体1のマンツーマンだからこそ出来る他にはない学習方法だと思います。

新潟市や新潟県で家庭教師をお考えであれば、家庭教師のアズ新潟まで、お気軽にご相談下さればと思います。

 

 

 

 

 

LINEで送る
Pocket