子供たちの学力についての考察

国語教科書

一口に「学力」と言う言葉に皆さんはどんな認識や見解を持たれますか? この記事を読まれている皆さんは、恐らく、お子さんを育てられているご両親の方ではないかと思います。 どんな風に子供達の「学力」を見ていますか? 学力について掘り下げた記事を書こうと考えた理由をお話しますと、 家庭教師の仕事を20年以上に渡り新潟や北陸でして来ながら、本当にたくさんのご父兄とお話をして来ました。

 

家庭教師へのご要望(タイプ別)

現在は新潟市を中心に新潟県の子供達にお世話をしていますが、たくさんお会いして来た経験から、 学力や学習に関しての考え方と求められている事に、いくつかタイプが別れていると認識しています。 大変失礼な物言いになりますが、「学力」そのものは比較的軽視され、 どちらかと言うと「得点」や「進学」などに皆さんの意識が傾いていると認識しています。

そこを感じて頂けるよう、まず、家庭教師のご相談時に私の感じる、家庭教師への要望をタイプ別に分けてみたいと思います。 (現会員様や、過去の会員様で、それは家だ。と感じられたら、本当にすみません。お許し下さい。)

 

  『テストの結果から家庭教師をお考えになる両親』
   当然ですが、この傾向は多いです。勉強が難しくなり得点が取れなくなって来た事からと家庭教師の要望があります。
  『勉強方法への関心が高いご両親』
   「勉強方法が分からないから点数が出ない。」とお考えになられます。「勉強をしているけれど、なかなか結果が出な
   い。」 と相談があります。得点に関し求める所は当然ありますが、方法を考 えられています。一定レベルの目標の点数の獲
   得のために家庭教師をお考えになっている印象です。
  『点数も大切だが、将来に困らないようにと考えられるご両親』
   勉強に向き合う事を大切にお考えの印象があります。 高校などの進路も、どこを目指してと言うより、しっかり見つけて欲
   しい。とお考えの印象があります。
  『勉強について行って欲しいとお考えのご両親』
   学校生活を続ける上で、勉強に苦しめば学校生活も楽しくなくなる。そうしたお考えが根本にあるように思います。
  『ある目標のため、この志望校へ入れて欲しいと言うご両親』
   少ないケースですが、その高校で野球をするためにと言う事から、どんな勉強方法でもいいので。と言うような要望もあり
   ます。
  『志望校へ入って学ぶ理由があり、そのためにとお考えのご両親』
   このご要望は高校生に多く、大学で学びたい事が見つけられていて、そのために家庭教師の要望があります。
  『人に接するのが苦手で、塾へは行けないため、とお考えになるご両親』
   勉強も教わりつつ、子供に親身に相談相手になって欲しい。とのご要望の印象があります。
  『高校だけは行って欲しいとのご要望からお考えになるご両親』
   勉強に意欲を失いがちな子供さんの事を考えられて、なんとか勉強の環境をとご要望されて家庭教師をお考えになっている
   印象があります。
  『正しい学び方が出来ていない印象がある。それを教えて欲しい。とお考えのご両親』
   勉強をして来られて、一定レベル以上の学力をお持ちのご両親から相談される傾向があります。

 

個々のご要望には、それぞれのお考えや事情がありますから、 タイプ別に分けるような失礼な事をしてしまいましたが、全てのご両親には、微妙に異なる、 それぞれのご要望があるように考えています。 家庭教師ですから、それぞれの要望に合わせて指導を行えますので、要望そのものには私たちにとっていい悪いはありません。

ご入会時のご家庭の要望を別けてみてお気づきと思いますが、 一定の学力を身に付けられたご両親でも子供たちに、どんな勉強をしてどんな学力を得る事が必要であるかを子供たちに教えられな いでいらっしゃつたり、また、「学力の大切さ」は皆さんが分かっているはずなのに、 「学力」とはどんな力かを考える事を飛び越したまま、点数に意識を取られている傾向を考えてみたいと思ったからです。

 

「学力」=「将来のため」?

ご家庭にお会いして来た印象から、本当に失礼な物言いですが、大人達が「学力」の意味を深く考える機会が少なく、 「将来のため」と言う理由から、子供たちに勉強をして欲しいと考えていらっしゃる印象があります。 そこで、今回は、『学力』をテーマに考えてみたいと思います。

まず、考えるべきは『何故、子供達のテストの結果が気になるのか。』と言う親御さんさんであれば当然の心理に関してです。 勿論テストの結果は、その時点の達成度が確認出来るものですから、 どのご両親でも気になるのは当然です。そこで、まず、試験(テスト)で結果を出すための力とは何が必要かを整理しますが、 まずは、試験(テスト)で使われる力は「知識」です。そして、その「知識」を応用する力です。 ですから下試験の結果は、下のような方程式で表現出来ます。

 

試験(テスト)の得点=「知識」+「知識を使いこなす力」(知力)

 

と表せるように思います。 この方程式を、よくよく眺めて考察すると、この試験(テスト)で必要な力は『学力』ではない事に気づかれますでしようか? 「学力」と言うよりむしろ「知力」と言う事が出来ると私には思われます。 「知力」の結果が試験(テスト)なのです。つまり、「学力」が無くても「知力」を付ければ得点は可能になります。 「家庭教師の協会の特徴」や 「塾の形態」のページなどで、 私が『学力』とはを良く考えて下さい。と皆さんにお話をし続けて来たのは、この事を考えて欲しかったからです。 ここに問題が潜んでいます。

『学力』とは「学ぶ力」と書きます。ですから、上のように学力を方程式で表せば、そのままずばりとなります。

 

学力=学ぶ力

 

まず、この2つの方程式に着目して良く考えてみて下さい。「学ぶ力」=「知識」ではないです。そこに着目して下の式を考えて欲しいと思います。 試験(テスト)の結果は「学力」を付けなくても、 塾で「知識」と「知識を使いこなす力」を繰り返し入れてもらえば「知力」で得点が可能である事はお話しした通りです。 仮に同じ80点を取る場合に、一方は塾へ通う事を中心に得点を出したとします。また、もう一方は「自学」を中心に得点したとします。

また式に変えますが、

 

自学が少なく塾などの解き込みによる得点
    =学ぶ力を使わずとも得た「知識」「知力」を利用し得る事の出来る得点

自学により得る得点
    =学ぶ力により得た「知識」「知力」を利用し得る事の出来る得点

 

こう整理する事が出来るのが分かりますでしょうか? 順に整理して来ましたが、皆さんにはこの整理して来た結論から、どんなお考えをお持ちになりましたでしようか? この事を、もし、良く理解して下さるなら、子供達の未来に活きる教育とは何かに少し気づいて頂けるように思います。 そして、点数では決して「学力」を判断出来ない事に気づいて 頂くことを認識して頂けたらと思います。これに気づくことが子供達への教育を考える上で最も大切な事なのです。

 

『勉強を通じてどんな力を得る事が必要なのか』

上でお話しした事を理解すると、試験(テスト)の結果はその時点の理解度や応用力こそ確認が出来るものではありますが、 そこにたどり着くプロセスにこそ意味があると考える事が出来ます。 私は正直な所、塾も家庭教師も「自学」を伴わない学習は、子供達の未来へ繋がる生きる力を得る事が出来ない意味のない学習に思えるのです。 「自学」を中心にして初めて「学ぶ力」が芽生えます。「学ぶ力」=「学力」なのです。 「学ぶ力」とは私は下のように、数々の力があると考えます。

 

『学ぶ力』= 学習しやすい環境を作る力(自己管理力)
自己の学習時間を作り実行する力(忍耐力)
得点を伸ばすために作戦を想像する力(想像力)
得点を伸ばすために作戦を選択する力(作戦力)
期する得点に向けた学習のスケジュールを作る力
(自己管理力・スケジュールの立案力)
自己の力を判定する力(分析力)
正確な解答を作るための力を作る力
(忍耐力・作戦能力・計画力)
解答スピードを上げる作戦を考える(作戦力)
試験の結果から、次の試験への対応を考える力
(分析力・想像力・想定力・作戦力・決断力)

 

一通り、認識出来る『学ぶ力』に潜む『力』を上げてみましたが、 いずれもその後の人生に身につけていれば、どれだけ自分を助け活かしてくれる力となるかが分かって頂けるように 思います。勿論、私も勉強している時代にはこんな分析は出来ませんでした。 この家庭教師の仕事を通じ、自らの学習を考え、大人たちの生きる世の中を考え、また、活躍する方々を考え、漸く、 こうした「学ぶ意味」を理解して来ました。

同じように勉強して来て成功する人成功出来ない人、何が違うのだろうか、とても疑問に思えいつもいつも深く考えて来ました。 同じような点数を取って来ていたり、同じ高校や大学を出ても、その後の人生は、成功する人、それに近づけない人、本当に違います。 幸せや人生の成功のために役立たない勉強には意味が無いと私は思えてなりません。

ですから、こうして整理してみれば分かる事も、私が上で取り上げた、 家庭教師をお考えになられる時の要望に「学力」そのものへの要望が出てこないように、普段、教育に関連しない仕事をされている皆さんが、 薄々、何か違和感を感じていても、勉強や学習に必要な経験に関して深い所での正しい考えに及ばないのは当然に思います。

こうしてお話したかった事。 核心を話します。それは「自学」の少ない、もしくはない学習は、その後の人生に活きる最も必要な『力』が、 誰かに肩代わりしてもらっている事になります。 そうして得た試験の得点が、仮に8割の正解が取れたとして、一体、私には何が意味があるのだろうか。と言う事を考えて頂きたいのです。

勉強は、本来『人を育てるためのものである事』、『勉強を通じて学べるものはかけがえのない経験となる事』、 『必ず人生で必要な力である事』私はそう思います。 ぜひ、この記事をお読み下さる皆さんには、良くこの「学力」の事を考えて理解して頂きたいと思います。 それが広まる事が出来るなら、教育の業界も変わり、また、未来にとても頼もしい人材が多く育ち、同時に、 そうた力を得たそれぞれの子供たちが確かな幸せを得る事が出来るようになって行くと思います。

一般的な話ですが、勉強が出来た人の話が全て面白い訳ではではなく、勉強をして来た人の話は確実に面白く、 有名な林先生のように説得力があります。 また、今の日本の社会を見渡すと、教育業界の中で心ないサービスから、 とても残念ですがその被害に合った結果と言えるように育った若者も見受けられます。 是非、今までのお話を良く考えてみて下さい。 子供達の未来を育て守り導くのは皆さん1人1人です。学力』が備われば、必ず試験(テスト)の結果は向上します。 同時に、目には見えない、その後の人生で活用出来る様々な経験が出来ます。真面目に正しく学ぶ事は、それだけ素晴らしい事なのです。

 

最後に

現在、新潟市の新潟大学の近くに事務所を置いて、ご縁があるご家庭へ足を運び、 私が家庭教師のお世話の可能な限り新潟県全域の子供達に家庭教師のお世話をしながら、お会いするご家庭、 ご家庭にこの「学力」の問題にしっかり気づいて頂けるよう例え話をしつつお話を差し上げますが、 私が出来る事は、お会いする子供達やご両親へそうした事をで出来る限り分かりやすく話す事でした。

私の教育方針に沿った「自学」のための家庭教師をご理解下さり喜んで頂けているのではと思っている自分はいて、 正直な所、自分の理念のためにも。もう少しやれる事はありそうだなぁ。 との考えもありつつも忙しさにかまけ、まだやれる事があるとも思いながら、 申し訳なく思いつつ現在も家庭教師達へは出来るだけ私の考えを浸透させたい。との思いを持ちつづけ家庭教師の 協会の運営の活動を続けています。ですので、あまり立派な事を話す事には抵抗感もあり、恥ずかしさもあります。

自分の仕事を振り返り、新潟や北陸のいろんな土地を思い出し、たくさんの感情がある中で想い浮かべてみると、 数え切れないほどのご家庭が今脳裏に溢れるような気持ちがしていますが、 印象に残るとてもしっかりした目で聞いてくれる子供たちもたくさんいました。

その逆に、勉強に意欲を失いつつある子供たちに会うと、親御さんだけのせいではなく、 周りの大人たちから正しい学力への知識のない教育を受けて来た事で、勉強に意欲を失いつつある子供たちには、 いつも、苦しいだろうな。と思いながら、そうした子供の事を考えると意欲を失う理由をいつも考えて来ましたが、 子供達は純粋で、多くのそうした子供は役に立たないと感じているからしないのだ。 と、意欲を作り出す事への実感も得る事で分かって来ました。

そして、このお話を世の中でしなくてはならない。 とこの年になり初めて考えるようになりました。 私は現在50代となり、この仕事を続けられる年数の残りに限りもあり、 本当にたくさんの方々や、子供達から私が学ばせてい頂いた教育の本質に気づいて頂きたいと願い、 お恥ずかしい話ですが今までは、私の生活のために、また、心ない仕事をするよその家庭教師の会社や営業マンに、 私の話を使って欲しくないと言う小さな心から、 このように世の中へは出す事が出来なかったこの「学力」の話をすべき時なのかもしてないと考え記事にしました。

新潟市の西の新潟大学のすぐそばにある、本当に小さな、一見にみすぼらしい事務所に私はいます。 出来るだけ身近い料金で家庭教師をして頂きたいと考えるために事務をする人もいません。 と言うより大手のような料金を私と同じく、この厳しい世の中で生きて子育てに懸命なご家庭に出させる気にはなれません。

余談で、話す事は不要ではあるのですが、結構私の家庭教師協会の運営の実情は大変です。 お金の苦しさが体感済みで分かりますから、ですから余計値上げが出来ない。と言うより20年前より下げてしまいました。 話がそれました。それはさておき家庭教師達が指導報告に来る時間や、 家庭教師に担当の説明をする時以外は1人切りの仕事です。その分、ご家庭に相談されて学習相談にお伺いするのは嬉しくてな りません。

そんな日常の中、毎日毎日、 「何のために学ぶのか?」「なぜ学ばせたいのか?」「子供達はなぜ、学ぶ意欲を失うのか?」「意欲をどう育てるか。」 など、様々な学習の疑問を、この新潟 市の西の片隅で1人考えて、私は自分の中の解答を探して生きて来ました。 この解答を明確に整理して話せる力を得る事に20年の年月がかかったように感じます。 お話しをして来た事は、私がこの仕事をして人生をかけて見つけた『学び』の意味です。

もしかすると、「そうは言うが。」とか「私には少し違うな。」とかのご意見もあると思いますが、是非、 「学力」について、皆さんがいろいろお考えになり意見を育て、 また、様々な方々に「学力」の事を考えて頂く切っ掛けにこの記事が役立つ事が出来ればと思っています。 もし、お読み下さって「学力」に関して関心や理解を頂けるのなら、ぜひ、いろんな方にこの記事を紹介して下さい。

たくさんの大人たちが子供たちのために「教育」を真剣に考え、意味を見つけ出し、 行動して初めて、未来を託す日本の子供たちに、必要な知識と経験を手渡して行ける事になると思います。 人生を先に生きる先輩として、自分たちが亡き後にも、しっかりとそれぞれの未来に向かって着実に歩む事が出来る後輩たちを実感しながら、 安心して信頼して未来を手渡し出来るように、 この記事が、新潟県や北陸に限らず、全国のいろいろな方に役立つてくれる事を、私は新潟市の片隅で願っております。

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