家庭教師の仕事(新潟で生まれて)

走り出す子供

 

「家庭教師」と言う仕事に出会い、人生の半分以上の時間「家庭教師」の仕事をして来ました。自分の一生の仕事としてこの仕事に巡り会えた事には本当に感謝の一言では言い表せないほどの思いがあります。

 

「家庭教師」の仕事をしてまもなく27年目に入りますが、正直にお話ししますと「飽きっぽい。」性格の私が、この仕事を生涯の仕事にする事が出来た理由は一体何なのだろう? と考えますと、この仕事を始めた頃に私の話に真剣な眼差しで耳を傾けた子供たちに出会った時に「私が生きて来た中で、考えたり何かを得た経験がこれから同じ様に人生を生きて行く子供たちに役に立つ事がある。」と感じた事なのだと思います。

 

私は新潟市内の高校を出てから、高校時代に打ち込んだ部活の顧問の先生の勧めもあって高校教師になるべく大学へ進みました。教師の仕事への興味はありましたが「公務員」と自分がなる事に、高校時代は正面から考えなかった疑問を大学に入ってから感じるようになりました。高校時代から歴史が好きなので司馬遼太郎さんなどが書かれた様々な本を読んでいたのですがが、現実に「教師」への道に進み出してみると、歴史上の人物の生き方と教師の仕事を比較して考えるようになり、「自分が思う事をそのまま実践出来る仕事をしたい。」と考えるようになってしまったのです。それともう1つ私には、「私のような未熟で未完成な人間が教師になっていいのだろうか?」と言う感情がありました。今考えると、18才やそこらの人間が人間的に完成しているはずもなく、年齢と共に成熟して行けばいいのですが、何故か当時は「立派」な人間ではない自分が教師になることへ疑問があったのです。

そうした思いが強くなって「教師」以外に「自分に出来る事は何か?」を見つけるために、人間の社会そのものを知りたくなり様々な分野のアルバイトを意図的に探して、その仕事を私なりに極めることを目的にして、それこそ徹底的に社員の方と同じ仕事が出来るように仕事に取り組んだり、同時に体を動かす事も好きだったためスポーツも極める事を目的に徹底的に上を目指してやってみました。その当時の私は新潟の大先輩の歴史の中の人物、上杉謙信と河合継之助に憧れ「自分の力で生きる力」を得ることと仕事を探すためにもがいていたように思います。新潟で生まれ育った私は、歴史上の先輩方のように新潟で生き最後は独立して出来る仕事をしたい思いも常に頭の片隅にありました。

 

教師の道を止めて「自力で生きる。」を選択した私は、就職する仲間たちとは違う道を選択し、自分の生きる場所を探し続けました。「教師」の仕事に自分の生きる場所を感じなかったため大学時代には「家庭教師」の仕事を大学時代のアルバイトとして考えなかった(当時は家庭教師と言う仕事が一般的にはまだ広まってなかったので思いつかなかったこともあります。)私が、「家庭教師」の仕事に巡り会うのは大学を出てからなのです。

自分自身が「教師」になる事に疑問を感じていた私でしたが、様々な仕事やスポーツでも一定の結果を出した事を経験し、自分なりに極めて来た事で、自分にはそれなりに社会で必要とされる力はあるのではないだろうか。と今思えば向こう見ずながらも少しづつ感じていたことから、まだこれで生きると言う道が見つかってはいなかった私ですが、この頃漸く自分が誰かに何かの仕事でこの経験を活かし「教えたり」また「自立して生きる場所」があるかもしれないと考える事が出来るようにも思えていました。そうして自分の経験に自信は感じながらもこれと言う生きる道が見つかっていなかった私でしたが、家庭教師の仕事をしていた友人に誘われ、「家庭教師」の仕事とは、仕事として成り立ち生きて行く事が出来るのだろうか。と興味を持ち「やってみたい。」と飛び込んだ事がこの仕事の始まりでした。

 

それからは、冒頭でお話をしたように、真剣な眼差しで耳を傾ける子供たちに出会い「私が生きて来た中で、考えたり何かを得た経験がこれから同じ様に人生を生きて行く子供たちに役に立つ事が確実にある。」そして「自分の思う教育を実践して私自身の今までの経験を活かす事が出来る。」とどんどん家庭教師の仕事に嵌まり込んで、自分の協会を作り、「教師」の道を方向付けしてくれた顧問の先生と出会えた事や、大学時代に「公務員」になることに疑問に思った事、それから様々な事を考え経験して来た全ての事が「家庭教師」の仕事を自分がして行くために必要だったのだと次第に気づくようになって、今こうして家庭教師の仕事をしているように思います。

 

家庭教師として勉強の大切さを教える立場にありながらも「勉強ばかりが人生で必要な力じゃないんだよ。」「どう自分を成長させるかが大切なんだ。」と出会う子供たち全てに私が話すのは、そうした私の生きて来た経験が私に子供たちに話すべきだと言うのです。もしかすると、私のその言葉を聞かれた瞬間ご両親の中には驚かれた方もいらっしゃるかもしれないのですが、私には先を生きて来た先輩として本音で隠さず話す言葉を子供たちは欲しがっているように思えて、これから未来を切り開いて行く子供たちへ自分の可能性を信じて勇気を出して歩み出して欲しくて、私が生きて来て知り得た生きる事と学ぶことの意味をお話をしています。

 

目標目指して

 

長くなってしまいましたが、ここまで私がこの仕事を生涯の仕事にするまでの経緯をお話しました。お話をして来たのは、一生懸命に子供たちにと取り組む「家庭教師」たちの気持ちをお伝えしようと書き出したのですが、「家庭教師の気持ち」を考えるにつけ私の気持ちと同じような気持ちを家庭教師たちがそれぞれ持っていることから、私の紹介を兼ねて、お話しようと書いて来た結果として、こんな記事になってしまいました。

現在こうして家庭教師と共に子供たちに勉強の手伝いをしていますが、家庭教師たちが子供たちに勉強を教える時に、私と同じように「自分の経験を後輩たちに活かしてもらいたい。」とそれぞれが等しく思って取り組んでいます。

それそれの家庭教師たちが、子供たち1人1人に「教えたい」経験、考え、思いがあります。私の協会の家庭教師の皆さんは私から見ても素晴らしい人たちばかりに思います。家庭教師に相談すれば私のように本音で隠さずに話してくれます。こんなに意味のある「学習方法」や「勉強方法」は他にはないと私は思います。

「学習方法」「勉強方法」に悩まれたら、ぜひ、「家庭教師」を考えてみて欲しいと思います。

 

 

家庭教師のアズは新潟県と岐阜県でスタートしました。現在は石川県と埼玉県、静岡県にも家庭教師のアズがあります。

新潟と金沢は新潟市の新潟大学の近くと金沢市の金沢大学の近くに事務所があり、新潟県内、石川県内に家庭教師の派遣が出来ます。新潟と金沢、岐阜、埼玉、静岡で家庭教師をお探しなら家庭教師のアズまでご相談下さい。

また、家庭教師のアズ新潟代表の渡辺は現在「家庭教師派遣業協同組合」の理事長(私の能力云々ではなく、なり手がいないため祭り上げられたのが実情です。)を務めていますので、新潟、金沢、岐阜、埼玉、静岡以外の地域にお住まいの方にも安心出来る誠実な家庭教師協会をご紹介出来ます。新潟から転勤の予定がある方も、お気軽にご相談下さればと思います。

 

 

『人生は幾つになっても勉強』は私の大好きな記事です。

もしかすると、私の勉強への考え方が分かるのではないかと思います。宜しければ是非読んでみて下さい。

 

 

 

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