相対評価と絶対評価

縄跳びでジャンプ

現在、義務教育の小学生と中学生は「絶対評価」です。平成14年から実施されました。もう「相対評価」から「絶対評価」へ変わって14年が経つのですね。子供さんのご両親であればこの「絶対評価」と言う言葉はご存知だと思います。 (高校は絶対評価と相対評価が合わさったような観点別評価と言う分かりにくい評価で私にはよく分かりません。高校の先生も分かりにくいため、 相対評価的な観点から評価しているのではと思います。) 「ゆとり教育」から導入された児童生徒の評価方法が「絶対評価」です。「ゆとり教育」は見直され現在は「学力重視」と変わりましたが、この児童生徒たちの評価の方法は「絶対評価」のまま変わらず続いています。 なぜ、評価方法は変えないでいるのでしようか。みなさんはなぜだとお考えになりますか? この「絶対評価」や「相対評価」に関してご質問を頂く事は一切ないのは事実なのですが、私には、子供たちを育てる上で、考えておく必要のある大切な事と思いますので、今回は現在の小学生中学生たちの「絶対評価」のお話と過去の「相対評価」のお話をしたいと思います。

「相対評価」とは

集団の中で生徒の学習がどのあたりの位置にいるのかで評価しようとしたもので、5をつけるのは全体の7%、以下、4…24%、3…38%、2…24%、1…7%を目安とした、一定の割合で評定をつける。と言ったように段階的な評価を付ける上での明確な目安があった評価です。

「絶対評価」とは

他の児童生徒の成績を考慮に入れずに生徒本人の成績そのもので評価しようとするもので「到達度評価」と「認定評価」の2つから評価。到達度評価は考え方としては「出来た」「出来そう」 「出来ない」と考える事が出来そうなのが評価基準です。認定評価は教師の中にある満足の行く水準を基準に、相対評価の側面を残しつつ個々の得点を判断するようなものとウィキペディア にありますから、絶対評価は相対評価と比べて明確な評価基準が少ないあいまいな所のある評価です。

さて、この2つの評価を比べてみなさんは、どちらの評価が良いとお考えになりますか? 相対評価から絶対評価への変更があった際に、私は、絶対評価に対して「それはおかしい。」と言う反対の立場でした。評価の基準が曖昧で、教師の価値観に左右されるの所にも疑問を感じていました。 恐らく「分かりにくい。」から反対だと考えられる方は多いのではないでしようか?

今現在、私はこの絶対評価をどう考えているかと言いますと、教師の判断基準には心配がないとは言えませんが、総じて「賛成」の立場です。 なぜ「反対」から180度考えを転換し「賛成」になったのか。その事をお話しする理由は、「子供たちに大切な教育とは何か」をみなさんにも考えて頂きたいからです。

 

「絶対評価」が浸透して欲しいのは、ご家庭ご両親子供たち。

何のために絶対評価と言う考え方が生まれたのでしようか?それを解く鍵は「ゆとり教育」にあります。ゆとり教育は、それまでの日本の教育が偏差値と言う指標に捉われ、学びの本来の目的から「点数」のための勉強、進学のためだけの勉強など、「知識の獲得」に学校も、子供たちも保護者たちも走り、の本来の「学び」の目的である「問題を解決する力」や「生きる力」 などの「正しい学力観」が失われた事で、勉強に意味を見出せない子供を作り、また、その逆の、知識の獲得から良い高校、良い大学へ入る事を目的にして勉強する「相対的」な結果を求める勉強がその後の人生に役立たない学習経験をして来た大人を作り出してしまった事への反省から、日本の優秀な頭脳が考え出し打ち出した方針です。

そして、個々を比較しない絶対評価へと変わったと認識しています。 私は、その「ゆとり教育」の考え方こそ子供たちの教育に絶対に必要なものであると、現在は強く考えています。 ところが、その指導方法や学習内容が確立されていなかったために、子供たちの学力は国際的に見て下がってしまう事になり、批判が高まり文部科学省は見直す事になったのが「学力重視」 へ転換して来た経緯だと思います。

ここで、私が家庭教師のお世話をしていて感じているご家庭内での子供たちへの評価の問題をお話しますが、多くのご両親が、どうしても「何点取れた。」と言う所に意識が傾き、 潜在意識の中で周りの子供と比べてしまい、子供たちもまた、そのように考えてしまっていて、子供たちが「学びの意味」を見失い勉強が「何点取れたか」と言うような知識や知力のみを目的のつまらないものになっている事から、 勉強への意欲を失いがちになっている理由を見つけるからです。 私は、現在「絶対評価」はご家庭内にこそ浸透すべき子供たちへの評価の方法だと考えています。

 

「絶対評価」こそ子供たちは自分を信頼し自信を育てる。

絶対評価の良い点、それは「個々の力を基準」とする評価の考え方にあります。子供たちにはそれぞれの特徴がありそれぞれの良さがあります。大人の社会を見渡せば、画一化された大人ばかりが成功しているのでは勿論ありません。 むしろ、成功している人は「人とは違うもの」を武器に「自分にしか出来ない」事をする事で、この世の中で存在する場所を作っています。 多様な人間の集まりが世の中の当然の姿なのです。それは子供たちにとっても同じです。 ですから、その子供、その子供のレベルで、その頑張りや達成度を評価して行くべきなのです。

その子が得た力を認める事が大切な意識だと思うのです。誰かと比べる必要はありません。 何点取れたかが問題ではありません。「◯◯は~な子供」だと思うよ。「◯◯は~に気づいてなかっただけだね。」「~がすごくいい所だから、そこを伸ばそうね。」「~を出来る力はあるのだから~をしてみようね。」と、 誰かと比較せず、1人1人の個性を認め良い所を伸ばす意識が、個々の子供たちが自分を信頼する意識を育て、信頼する自分だからこそ向上心が育ち、勉強にも前向きな気持ちへと育って行くのだと思います。子供たちは自分を信頼するからこそ、高いハードルを乗り越えようと言う気持ちが芽生え、チャレンジし、成功と失敗から生きる力を学んで行きます。

ほとんどのご両親がこの「絶対評価」の持つ力に気づいていないように思います。それどころか、自分の世代の「相対評価」意識から抜けられていないように思います。 子供たちの未来を喜びのあるものにし、幸せをつかみ取る力を育てるため貴重な「学び」の時期に、子供たちを育てられているみなさんに考えて欲しいと思うお話です。

 

追記
20年以上家庭教師の仕事をして、そして、私自信が子供2人の子供を育てて考え、たどり着いた「絶対評価」に対する考えをお話ししました。今、私の子供は新潟市内の学校へ通っています。 子供の成長を見守りながら、子供は子供なりに自分の将来や未来へ、漠然とした不安を抱えているのだなぁ。と感じる事が度々あります。そう感じた時には、どんな風に自分への信頼を持たせようかと考え話をするように心掛けています。

また、家庭教師のご相談から面談に出向いて会う子供たちそれぞれ、私の話す、生きる事の話を真剣に聞き入ってくれます。どんな子供も自分の人生がうまく行くのか不安に思っていると感じます。 どんな子供も。小さな心で不安に思いながら、初めて経験する未来へ一生懸命今を生きているのです。その事を私たち大人は深く認識して欲しいと思います。そして、大人は、 それぞれの子供たちへ勇気を持たせ前に進む心を育て応援することにこそ、大人である意味があるように思います。

ロボットの時代がまもなく始まります。人間にしか出来ない力こそ私たちは見つけて行かなくてはなりません。 人間らしく、多様な感覚、多様な考えや発想こそがこれからの学びで必要な力です。大人たちがそうした感覚を意識して子供たちを見るなら、どんな子供にも、それぞれに誇れる良い特徴が見つかるように思います。 もし、私の話に理解出来る所があれば、ぜひ、そうした心で、子供たちを育てて頂きたいと思います。 そして、新潟県から、そして、全国のどこかから、自分に自信と誇りを持って活躍する人たちがたくさん生まれて欲しいと願いながら、この新潟の地で家庭教師の仕事を通じて、子供たちの役に立って行きたいと思っています。

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